すな粉妄想日記

部屋に入ると、甘い香りが
ふわりと漂ってきた。

ソファに座った弟が、ちょうど
戦利品を堪能している所だった。

「あ…」

兄の帰宅に気付いた弟は、
顔を上げて挨拶をした。

「おかえり」

「ああ。ただいま」

返事をしながら、
トールは弟の手元に視線を向けた。

可愛らしい包みが丁寧に開けられ、
小さなハート型のチョコが
顔を覗かせている。

しかも、どうやら手作りらしい。

慕ってくれる女子がいるという事か…

トールは思わず顔を綻ばせた。

「随分と、可愛らしいな。
……本命だろ？」

「さあね」

兄の言葉に対する
弟の答は簡潔だった。

が、どうやら内心では嬉しいようだ。

微かに口元が緩んでいる。

「兄さんこそ、また豊作だったんじゃないのか」

チョコを摘みながら、弟は上目遣いに兄を見た。

「ん…まあな」

トールは軽く肩を竦めて答える。

「けど、義理で配る人も結構いるしな」

そう言ったものの、実はきちんと本命も交じっていたが。

「貰えないより全然いいだろ」

からかうように弟が笑う。

「そうだな。…ほら、これ」

つられてトールも顔を綻ばせると、
鞄から包みを取り出した。

途端、弟の顔がぱっと輝く。

差し出すや否や、手を伸ばして
それを受け取った。

弟の１番の好物だ。

「…ありがとう」

照れ臭いのか、目を合わせずに告げる。

それでも本心から喜んでいるのは
確実だった。

「じゃあ…」

ひとしきり眺めた後、
弟はおもむろに立ち上がる。

そして戸棚から小さな箱を出してきた。

「はい、これ」

またしても視線を反らしたまま手渡す。

「！」

弟からの贈り物。

バレンタインだが、チョコレートではない。

甘い菓子が苦手な兄のために、
用意されたものだ。

「う…」

思わず目頭が熱くなる。

ありったけの感謝の気持ちを込めて、
トールは弟に礼を言った。

「…ありがとうな、ユーゴ」

「…ん」

毎年の恒例行事になっているにもかかわらず、
この嬉しさは色褪せる事はない。

相手の想いに寄せる、感謝の気持ちも。

「早く、着替えてきなよ」

素っ気無い弟の催促。

一緒に食べようという、甘えた誘い。

「ああ」

にっこり笑って返事をすると、
トールは居間を後にした。