すな粉妄想日記

「待て…！！」

その声を聞いた時、
トールの中に緊張が走った。

声の主を、即座に理解したからだ。

記憶よりも少し大人びているが
間違いない。

そう、それは…

忘れもしない弟の声。

「………」

トールは、深呼吸をして覚悟を決める。

兄弟の間に存在する、大きな隔たり。

事情があるとはいえ、
今の自分は恥ずべき裏切り者だ。

弟は、そんな自分を許さないだろう。

怒り、悲しみ、失望…

ありったけの激情をぶつけてくるに
違いない。

しかし、それで怯む訳にはいかないのだ。

あくまでも冷静に、飄々としていなくては…

（……よし）

できるだけクールな態度を装う。

（落ち着け…トール）

自分に言い聞かせながら
ゆっくりと、余裕を持って振り返る。

「…ユーゴか。久しいな」

そう口にした瞬間。

「兄さんっ！！」

「うわっ！？」

視界に入るか入らないかと言ううちに、
弟が全力で飛びかかって来た。

思わずバランスを崩して
床に倒れ込む。

「っつ…！！」

背中をしたたかに打ち、
呼吸が一瞬止まる。

何が起こったのか理解できなかった。

不意打ちをくらったのだろうか、それとも…

どうにか目を開けると、
視界一杯に弟の顔。

「…！？」

そこには、怒りや軽蔑といった
感情は微塵も見られず。

今にも泣き出しそうな表情だった。

トールは頭をフル回転させて
状況判断を試みる。

が、結果を出すより早く、

「会いたかった…」

涙交じりの弟の言葉が、
トールの思考を停止させる。

「兄さん…、トール兄さん…！」

胸に顔を埋め、弟は
声を上げて泣きじゃくり始めた。

まるで、子供の頃のように。

「？？？」

困惑のあまり、トールは
驚きを通り越して呆然となった。